高校生だった僕は時折タイムスリップしていた

何かアウトプットしたい気分なので高校時代の話をしようと思う。

高校生だった当時、僕は弓道部に入っていた。

大してうまくはなかった。皆中*1できるのはせいぜい週に一度だった。

それでも楽しかった。




弓を射るときにどうやれば中る*2かといわれると、理論上は射型が整っていれば全て中る。射型について詳しく話そうとすると射法八節だとかどんどん深入りして解説することになるので、
まぁ射つ時の姿勢の良さだとか、そんなふうに思ってほしい。

僕の射型は、まぁ一長一短だった。

射法八節*3には「残心」というフェーズがある。

【残心(残身)】とは
 矢の離れたあとの姿勢をいう。離れによって射は完成されたのではない。なお残されたものがある。精神でいえば「残心」形でいえば「残身」である。
 「残心(残身)」は「離れ」の結果の連続であるから、「離れ」の姿勢をくずさず、気合いのこもったまま体は天地左右に伸張し、眼は矢所の着点に注いでいなければならない。
 「残心(残身)」は射の総決算である。体形厳然として、縦横十文字の規矩を堅持していなければならない。

- 「弓道教本」 全日本弓道連盟より -

 この残心が綺麗だと、当時錬士*4だった弓道会のおばあちゃんに褒められたことがある。

実際、自分でも矢を放った瞬間は、なんというか全てを切り離して身軽になった上で、視界から入ってくる情報がすんなり頭に浸透してくるような、そんな感覚があって好きだった。

一方で手の内は最悪だった。

手の内は弓を持つ手の握り方のことで、あまり力まずに卵を持つような力加減で握るとよいとされる。僕の手の内はそれはまぁ強く握っているようで、離れ*5のときに握りすぎるせいで、残心時に弓手ゆんで*6の手首が左にねじ曲がるのが常であった。

残心が綺麗という話と矛盾してしまうが、まぁ馬手めて*7は綺麗だったろうし、初心者だし弓手は多めに見てくれたのだろう。

ちなみに、弓手の手首が左にねじ曲がるのは、和弓の特性上、矢を放つ時に弓に左回転の力がかかるためである。

手の内が綺麗だと、このときの左回転の力を利用してくるっと弓を回転させることができる。これを弓返りと呼ぶ。

 2つ上の先輩は非常に弓返りが綺麗で、しかもイケメンだったのでかなりモテた。

1つ上の先輩は弓返りを意識しすぎて離れの瞬間に手の内が緩んでいるのが見え見えだったし、射型も汚かったのでモテなかった。




……変な話になってきたので弓道大会の話をしよう。

弓道大会はチーム戦だったり個人戦だったりするが、どちらにしろ求められるのは「的中」だった。射型の美しさは問われないので1つ上の先輩でも太刀打ちはできるのだ。

……さて、大会といえば大きな声援がつきものだが、弓道はその特性上、そうした声援はタブーである。

誰かが弓を射る最中は、誰も喋りはしないし、誰もがその矢先が的に中るかを見守っている。

その瞬間だけは、まるで時が止まったような静けさが空間を支配していた。

僕は、この静けさが好きだった。

大会は準決勝、決勝と進行するが、やはり決勝ともなると綺麗な射型の選手が多く、見とれることもあった。

大会で皆中させるのは至難の技だったが、決勝で皆中者が出ると思わず感嘆の声がどこからか漏れることもあった。そして拍手がパラパラと聞こえだす。皆中が出たときだけは、拍手のように音を立ててもいいのだ。

大会で見ているときは、それはそれはいい時間だった。




大会会場で昼飯の時間に広場を散策すると、風呂敷を広げたような人を見かけることがある。

それは弓道具店の出張販売のようなもので、和弓や弦、矢などひとしきり揃えていた。

会場では弦ぐらいしか買ったことはないが、入部当時に矢を用意したときはいきなり腕を採寸されて少々面食らったことがある。

「腕の長さに合わせて矢を切り詰めないといけないのさ」と当時の弓具店の人は言っていた。

初めて矢を受け取った時、競技用の矢とはいえ矢じりがしっかりあって、その可能性に冷や汗をかいた覚えがある。的の表面を貫けるということは、人に十分危害を加えられるのだ。まぁそんな可能性にもすぐに慣れてしまうのだが。*8

まぁそんなこんなで、そこまで出張販売で弓具の品定めをすることも無かったが、その空間にいるのは好きだった。

袴を来た青年がふらりと近寄ってきて、何かしら見ていたり、弓や矢の材質について談笑したりする。*9

気を抜くと平成なのを忘れてどこかの忍者村かなにかに観光しに来た気分になる。

昔にタイムスリップした気分だった。




大会の後も、部活が始まると袴に着替えて的と向き合っていた。

今日も最後の一射だけ外してしまった。最後だけ外すと、皆中を求めて気分が高揚しているのが自分でもわかってしまう。常に平常心でいなければならないのに。

弓を引いているときは、1人の武士になっていた。

*1:一セットで持つ矢、計四本を全て的中させること。

*2:あたる、と読む。"当たる"と同義だが、的に対してはこちらを使う

*3:射る際に必要な8つの動作のこと。

*4:武道において3番目にスゴい称号らしい。英語だとInstructorで急に身近なものに思えるが、もう一つ上の称号はMaster(範士)なのでやっぱりスゴいのだろう。

*5:残心の直前、矢を放つ瞬間のこと。

*6:弓を持つ左手のこと。

*7:右手のこと。手綱を握る手だからこう呼ぶらしい。

*8:包丁だって何だって、使い手が使い方を決めるのだ。

*9:弓はグラスファイバーが主流で、年配の人は竹弓を好んで使っていた覚えがある。矢はシャフトがジュラルミン製のものが主流で矢羽根が何かは忘れた。

グノーシアは人間同士よりも人間らしい生き残り議論ができる

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グノーシアは人間に紛れ込む

最近Nintendo Switchで発売された「グノーシア」をたびたびプレイしている。

一言でいえば「一人用人狼シミュレーション」といった感じのゲームなのだが、それだけでは伝えきれない面白さがこのゲームにはある。ざっくり紹介したい。

 

舞台は宇宙船


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舞台はとある宇宙船で、主人公は記憶を失った状態で皆と顔を合わせることになる。何もわからないまま、未知の敵であるグノーシアが誰か推理し、投票でコールドスリープさせるという流れに巻き込まれる。

 

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役職一覧

役職は以上の通りで、人狼ゲームを知っているならばすんなり理解はできるだろう。

上記を見てもらえばわかるが人間側は嘘をつけず、人外側のみ嘘をつける

村人の役職騙りのような高度なプレイはできない。

そして、嘘は後述の「直感」によって見抜かれる場合がある。

 

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演技力が低いので嘘に気付かれ、疑われている

嘘を付くには演技力が重要。ある程度演技力を伸ばさないと嘘に気づかれ、怪しまれてしまう。また、嘘を見抜くには直感が必要。直感の高いキャラクターの前で嘘をつくといずれバレてしまう。

「発言がまるっきりの嘘かどうか」を問答無用で感知できるこのシステムは人狼ゲームとしてみると異質だが、この仕組みをふまえた上でNPC達の行動を見ると「さっきまでセツを擁護してたコメットが急に手のひらを返しだしたのは、何かしらの嘘に気づいたからだ」などと推理しやすく、普段とは違った面白さがある。

 

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夜パートではグノーシアによる襲撃やエンジニアによる調査(≒占い)などが行われるが、NPC1人と会話を行うADVパートも挟まれる。

会話を行うと友好度が上がるらしい。また、キャラクターごとのプロフィールを解放するチャンスなので、気になる人とは積極的に会話をしていこう。

 

このADVパートで「アイツは嘘をついていた」というように嘘を密告してくれることがある。かなり重要な情報なのだが、「嘘の密告自体が嘘」という厄介な密告が入る場合もある。嘘をつけるのは人外だけなのでどちらにせよ重要なのは変わりないが、密告を信じる場合は密告者が信用に足る人物かを推理しなければならない。

 

ADVパートは何度もループを繰り返さないと網羅することはできないが、1ループは早くて5分ほどで終わり、リプレイ性も良好。サクサクこなせばADVパートというご褒美を貰いつつ何度も遊べる。

何度もプレイすることで、この宇宙船は何なのか、皆はどんな思考で議論に参加するのか、グノーシアとは何なのかがうっすら見えてくるかもしれない。

 

生き残りたいが故に回り道をしなければならないジレンマ

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普通の人狼ゲームであれば、自陣営のために自身が犠牲になる(人柱やロラなど)ことは至極当然である。それは目標が陣営勝利であり、極論を言えば自身が死のうが生きようが勝てればいいという全体主義的な思想が当然ともいえるため。

 

対して「グノーシア」は、生き残らなければADVパートの続きが見られないため自分が生きる理由がある(ついでに、スキル振りに使うEXPの獲得も最後まで生き残って勝利したほうが量が多い)。

NPCにもそれは言えるため、極端な話ではあるが初日にエンジニアCOを求められた時に真エンジニアが出てこないこともある(だいたいの場合は守護天使がいないせいで死ぬ可能性が高いため)。

論理的思考がニガテなNPCは「なんかコイツ嫌い!」とかそんな理由で票を入れてくることもあるし、自分の発言があまりにも多い/少ないと怪しまれて投票されてしまう場合もある。

また、グノーシア側からしても厄介な発言をする人間は早くに消しておきたくなるため、目立った発言ばかりしてるとグノーシアの襲撃対象に選ばれてしまうこともあるのだ。

このような理由もあって議論を自分の思ったような方向に進めていくのはなかなか難しい。感情的なNPCを説得するのには骨が折れるし、発言数がかさむとそこを怪しまれ、目立った結果グノーシアに消されてしまうのだ。

 

その辺りをなんとかやりくりするのも醍醐味だ。

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議論は「コマンド」をつかって行う。例えば「疑う」は対象を直球で黒塗りする行為なので、対象からは当然だが嫌われる。また、「弁護する」や「反論する」などもかなり目立つ行為なのであまり連発するのは良くない。

 

ここで「弁護に加わる」や「疑いに同調する」などが便利と気づく。誰かが疑ったり弁護したときにすかさず「あー私もそうだと思ってたんですよね」と入り込むことにより、黒塗り、白塗りを助長しながらも自分はさほど目立たないという姑息頭脳プレイが可能。ほどほどに議論に参加しながら目立たずに済むため、狙われずに議論の行き先を操作できる。

 

ここまで来ると人狼ゲーでありながら生き残るための舌戦という側面も出てくる。

「自分目線ではアイツは真っ黒なので票を集めたいが、周りはなかなか説得に応じてくれない。でも2番目に黒そうなアイツに票を集めることはできそうだからそっちにしよう」といった苦しいやりくりもまた楽しい。

 

人狼ゲー経験者だけでなく、ADV系が好きな人にもおすすめです。

 

Deep Rock Galacticは良いゲームだが、良いプレイヤーに巡り会えるわけではない

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Deep Rock Galactic

4人COOPゲー

 

ドワーフになって洞窟内を探検し、邪魔する虫どもを蹴散らしながら採掘しまくって金とか武器の素材とかを稼いでいく

 

クラスが4つあってそれぞれ得意なことが異なるし、洞窟内は真っ暗でフレアを使わないと周りが見えないので、自然と団体行動しながら進んでいくことになる

洞窟内には起伏が激しくて進みづらいところもあるけど、クラスごとにそういった移動をラクにするためのツールがあるのでうまくツールを使ってあげると楽に攻略することができる

こういったゲーム設計なので自然と協力しながら攻略していけるのが心地良い

なんというか、「アイツが必須」というよりは「アイツがいなくてもどうにかなるけどいた方がわりと楽」程度にお互いに依存している感じ 高難易度にするとそうもいってられないけど

 

できなくてもとやかく言われないし、できたらエモートで褒めてくれる人も多い

なので、COOPにありがちな「つええヤツ一人だけでガンガン先に進まれてピクミンするだけで終わった」とか「自分がやるべきことを知らなかったせいでゲームが進まない」みたいな初見で萎える要素は「ゲームの設計として」は極力排除するよう作られている

 

でも民度が低いといくらゲームが良くても楽しめないんですよね

アジア地域での日本人部屋はゴールデンタイムでも精々3,4つ

他は韓国人や中国人がほとんどを占めている(たまに台湾人とかもいる)

中国人の民度は微妙で、チートが多いし脱出直前にC4爆弾でチームキルしてくるようなクスリやってそうなヤツもたまに見かける 人のしかめっ面が見たいならPvPゲーに行けば良いのにな

 

そうでなくとも過疎気味のゲームなので野良だとCOOPの楽しさがあまり味わえない

低難易度でソロで部屋立てて先に始めてるとふらっと人が集まってくることは多い

そうして目標達成して、脱出挺に乗ってゲームクリアすると速攻で抜けていく

このゲームは途中参加でも最初から参加でも報酬量はそこまで変わらないのだ

なので途中参加の方が時間効率が良い

良くも悪くも仕事仲間って感じ

 

ゲームは楽しいんだけどね

知り合いを巻き込んで4人で遊ぶぜ!

って時には十分選択肢に入るゲームだと思う